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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11236号 判決 1955年6月09日

原告 梅元汽力工業株式会社

被告 常盤化学株式会社

主文

被告は原告に対し金四拾万五千円及びこれに対する昭和二十九年一月九日以降完済に至る迄年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

此の判決は原告において金拾参万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  被告は原告あてに「金額四拾万五千円、満期昭和二十八年九月十日、支払地東京都渋谷区、支払場所株式会社三和銀行渋谷支店、振出地東京都大田区、振出日昭和二十八年六月二十六日」なる約束手形一通を振出し、原告は現にその所持人である。被告は満期に右約束手形金を支払はないので、原告は本訴において右手形金及び訴状送達の翌日たる昭和二十九年一月九日以降商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める次第である、と述べ、

(二)  右手形が訴外岡田孝によつて偽造されたという被告の主張に対しつぎのとおり陳述した。

(1)  当時右訴外岡田孝は被告会社から常務取締役という肩書を与えられて経理事務を担当していた取締役であり、しかも前記代表取締役の記名印章を保管して、手形の作成事務等を行つておりその事務執行形式が代表取締役の記名印章を使用することになつていたのであるから(即ち記名捺印の代行)偶々本件手形の振出につき被告会社内部で右岡田が無権限であつたとしても、原告会社はこれを知らないのであり、従つて被告会社は原告に対し商法第二百六十二条により表見代表取締役岡田孝のなした行為に付いて責任があるから(手形行為の記名捺印に付いて、この表見代理の法理が適用になる)本件約束手形金及び前記損害金支払の義務がある。

(2)  また、原告と被告との間に、本件約束手形の振出以前の昭和二十八年三月頃資金難を打開するため、原告は被告あてに金額五十万円支払期日昭和二十八年六月三十日なる約束手形一通(以下A手形という)を振出してこれを右岡田に交付し岡田はこの約束手形支払の担保として、金額五十万円支払期日A手形と同じ、振出人被告会社取締役社長藤田良祐、受取人原告なる約束手形一通(以下B手形といふ)を原告に交付した。被告はA手形を割引いて使用し、原告はB手形をそのまゝ所持していた被告会社の常務取締役である岡田はA手形の資金関係の決済のため、原告会社に内金十八万円を支払つたが、残金三十二万円の支払が出来ないので、この反済資金を調達するために更に原告に原告振出の手形を要求したので、原告もこれに応じ、昭和二十八年六月二十六日に金額四十万五千円支払期日昭和二十八年九月十日受取人被告会社なる約束手形一通(以下C手形といふ)を振出し交付し、このC手形支払の担保として原告は本件手形を取得したものである。被告会社常務取締役岡田はC手形を割引き、この割引金は三和銀行渋谷支店の被告の当座預金口座に入金されていた、昭和二十八年七月二日、被告は原告に対して、前記三十二万円の残金支払として、右銀行支払の小切手を交付したので、A手形の資金関係は決済し、B手形は被告会社に返還した。以上の間における数次の手形関係について、被告会社代表取締役藤田良祐は、ABCの各手形に関する行為をすべて承認しており、そのC手形支払の担保として振出された本件約束手形についての右岡田の記名押印の代行を黙示の意思表示により追認している。したがつて被告は、原告に対して、本件約束手形金及び前記損害金支払の義務がある。

(3)  仮りに右訴外岡田が常務取締役の名称を冒用して、本件手形を偽造したにしても(予備的請求原因)

(イ) 本件手形行為当時、右岡田は被告会社の取締役であり且使用人又は復代理人として被告会社の印鑑及び代表者の記名印印鑑等を用いて手形小切手振出等の経理事務を担当する職責を有しその事務執行中本件手形振出の権限がないにも拘らず、これある如く装い原告会社に交付したから、原告は真正なる手形と信じて取得したのであるが、結局原告はこのため岡田より前記Cの手形を詐取されたことに帰し、原告としては右C手形の金額すなわち金四十万五千円の損害を蒙つたものであるから被告は民法第七百十五条により右岡田の使用者として原告に対し損害賠償責任がある。

(ロ) 仮に訴外岡田が民法第七百十五条の被用者に該当しないとしても被告は右(イ)に述べた訴外岡田の不法行為については商法第二百六十一条第七十八条第二項第二百六十二条民法第四十四条第一項によつて原告に対して損害賠償の責任がある。

第二、被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、大約つぎのとおり述べた。

(一)  原告主張のような約束手形が被告会社名義を以つて振出され、原告がその所持人であることは認めるが、右手形は訴外岡田孝が被告会社名義を冒用して振出した偽造手形であるから、被告には右手形金支払の義務がない。

右岡田が本件手形の振出された当時被告会社の取締役であつたことは認めるが、同人は被告会社の手形を振出す権限はなかつた。岡田は本件手形以外にも昭和二十八年二月頃被告会社の約束手形を偽造したので、同人は被告会社に五十万円の損害を賠償するために、乙第一号証の約束手形を昭和二十八年七月二日被告に差入れたものである。

それ以来被告会社の代表取締役藤田は自ら社印その他の印鑑を保管していたのであるが、岡田は右印鑑を盗用して本件手形を振出した次第である。

本件手形の振出された経緯についての原告の主張事実及び本件手形の振出を被告が追認したという事実は全部否認する。

(二)  原告主張の不法行為を理由とする予備的請求((二)(3) )は請求の基礎に変更のある新訴の追加提起であるから許されないものであり仮に然らずとするも、使用人であるという事実は否認し、損害発生その他の事実は全部争う。

第三、証拠方法<省略>

理由

原告主張の本件約束手形一通が被告会社名義で振出され原告が現にその所持人であること、ならびに、右手形振出当時訴外岡田孝が被告会社の取締役であつたことについては当事者間に争がない。被告は、右手形は訴外岡田孝によつて偽造されたものであると主張して振出の事実を否認しているので、この点について判断する。

成立に争のない甲第三号証、岡田孝に対する本人訊問の結果及び同人の証言、証人伊藤宗吉の証言及び被告会社代表者藤田良祐に対する本人訊問の結果を綜合すると、

(1)  訴外岡田孝は昭和二十七年八月より同二十九年三月まで被告会社の取締役をしており、この間常務取締役という肩書を与えられて被告会社の経理事務を担当し、資金計画金銭の出納手形小切手等の受渡等の事項を管掌しており、手形振出については会社印代表者印の保管を委ねられ被告会社代表者藤田良祐の許可を得て振出すこととなつていた。

(2)  右岡田は本件手形振出以前に被告会社の資金調達のため原告より被告あての金五十万円の約束手形を受取り、これと引換えに代表者藤田良祐の許可を得ずに被告会社代表取締役藤田良祐名義をもつて同額の約束手形を振出して原告に交付しておいたが、後者の手形支払資金にあてるためにさらに、原告より金額四十万五千円被告あての約束手形の振出しをうけその支払の担保として、岡田が昭和二十八年九月十日前同様代表者藤田良祐の許可を得ずに、被告会社代表者藤田良祐名義を以て会社印、社長印を使用し原告主張の手形要件を記載した手形を振出しこれを原告に交付したものであり、この最後の手形が本件手形である。

等の事実を認めることができる。右事実によれば、本件手形には被告会社を代表するものとして、ないしは代理人として岡田孝の名義が表示されておらず、代表者藤田良祐の記名捺印をその承諾なしに行つて振出した場合であるから、商法第二百六十二条の適用があるとする原告の見解は採用しえない。しかし、右認定事実によれば岡田は被告会社の取締役であるが事実上前認定のような経理業務を担当していたのであるから被告会社の商業使用人をも兼ねていたものということができ、その地位は商法第四十三条にいはゆる番頭に該当するものと言うべきである。しこうして、岡田が被告会社の手形振出について藤田良祐の許可を要するという前認定の制限は同法第四十三条第二項、第三十八条第三項によりこれを以つて善意の第三者には対抗しえないものであるところ、原告が本件手形の交付をうけた当時岡田の権限につき右のような制限のあつたこと及び岡田が右制限に違反して手形を振出したのであることを原告が知つていたものと認めるに足る証拠はないから、被告は岡田のなした本件手形の振出につきその責に任じなければならない。

されば、原告が被告に対し本件手形金四十万五千円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十九年一月九日より商事法定利率年六分の割合による損害金を求める本訴請求はその理由があるからこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

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